あつまれどうぶつの森 最新攻略情報!

Twitterで言えないこと書きます

西洋の自死 書評

 

今回の書評は「西洋の自死」だ。

この本はEUが移民を受け入れて崩壊したということを論理的に述べている。

今イギリスがEU離脱で騒がれていてとてもタイムリーな記事になるだろう。

著者のダグラスマレーはイギリスのジャーナリストでこの本はイギリスでベストセラーだとかなんとか。

移民問題は日本も例外ではないし他人事ではない。

日本は2015年に約39万人の移民を受け入れておりすでに世界4位の地位を得ている。

さらに、2018年に日本政府は2019年4月から一定の業種で外国人の単純労働者を受け入れることを決定した。その受け入れ人数は2025年までに50万人超を想定しているという。

そして新たな在留資格を創設する出入国管理法改正案が閣議決定された。

「日本の自死」が発売される日も遠くはないだろう。

移民受け入れ以前に自死しているかもしれないが。

 

 

 

「欧州は自死を遂げつつある。少なくとも欧州の指導者たちは、自死することを決意した」

最初の一文である。イギリスはもはや白人の英国人が少数派になっており2012年末の国勢調査にてロンドン在住で自らを「白人の英国人」と回答したのはわずか44・9%だった。また自分はキリスト教徒であるという回答は前回から72%から59%に低下した。その一方でイスラム教徒は二倍近く増えており2001年から2011年の間に150万人から270万人に増加している。不法移民を含めればもっと多くなる。

大量移民はイギリスを全く違うものに変えつつある。しかしこの調査結果を英国国家統計局(ONS)のあるスポークスマンは「多様性」の表れだと前向きに捉えた。

政界とメディアも同様であり2007年には当時のロンドン市長のケン・リビングストンがロンドンで働く人々の35%が外国生まれであるという事実を誇らしげに語っている。

この風潮は何年も前から変わらぬものだった。

 

 

英国の人口構成は有史の大半の期間、当然だがそれより前の数千年前から大きな変化はなかった。ノルマン征服の時でさえノルマン人は人口の5%程度だった。

第二次世界大戦後から労働市場のギャップを埋めるために移民が必要となり、大量移民時代に突入していくのだが出だしはゆっくりだった。旧大英帝国領からの移民が解放され、50年代末までに移民の数は数万人になり60年代には6桁に突入した。

1971年移民法が制定されるまでその流入を止める試みは行われなかった。

 

〜「血の川演説」等のくだりは省略。この間も移民は増加傾向〜

 

やがて1997年の総選挙で労働党が勝利し、トニーブレア内閣はマニフェストに記したわけでも、明言したわけでもなく国境を解放する。

政府はコントロールしなかった。労働許可に関するルールが改正され技能の有無に関わらず外国人労働者として滞在できた。5年間で政府の予想を100万人近く上回る人々が押し寄せた。

英国は平均所得の低い国や最低賃金の存在しない国にとって魅力的だった。

何よりも反対派の意見が「人種差別的」だと印象付けられ声を上げにくくなったことだ。

 

この移民現象は欧州ではどこでも起きていたことだが、欧州の政府が楽観的だったのは労働者が仕事の終了とともに帰国するかと思っていたからだ。しかし、労働者の大半は根をおろすこととなったのだ。家族を呼び寄せたのだ。家族には支援が必要になるし子供は学校に通わせなければならない。こうした根が張られれば引き抜くのは難しくなる。

 

 

さて、本文からの引用から少しずれるのだが、

 

2011年当時ロンドン市長だったボリスジョンソン(現在では首相)は「移民問題をくよくよ考えるのはやめて統合の種を蒔こう」と題するコラムを執筆し「ダムの決壊を嘆くのはよそう。それは起こってしまったのだ。同化のプロセスをできるだけ陽気なものにする以外に、今できることはない」と述べている。

 

これは意外だった。なぜかというとジョンソンはイギリスのトランプだの報道されていたし、選挙での公約では移民規制も当然入ってたわけだ。

しかし、この文からはそのような雰囲気は一切感じないし、2015年の記事でも移民には賛成だった立場だ。いつから考えが180度変わったのか、それとも選挙のための扇動のパフォーマンスだったのだろうか?どちらにせよEUから離脱はもう免れないのだが。

イギリスの政治事情については詳しく知らないのでもう考察はしないが、仮に彼が想像よりも穏健派なのであればイギリスは多く変わらないままではないのだろうか。

 

本文でもこの発言に批判している。

 

全ての主要政党が長年に渡って大衆の意見とはまるで食い違う決定を下してきたことに、一定の怒りを抱えている人々も存在するのだ。

私がこんなことを言うのは、その語調が、多数派の有権者というよりも、何かの報復を求める少数派に向けるようなものだったからだ。 

 

ここまでイギリスの政治背景の話だが正直飽きてきただろうから、少し日本にもコミットした話に移ろう。

この本は長く、読むのに1ヶ月はかかる、そんな時間はないので端的に。

 

日本も例外ではないのは最初に述べたとおり。また移民政策に反対する政党も存在しないし、反対派をレイシスト呼ばわりや、移民受け入れを多様性だの賛美するのは日本も同じだろう。また「人手不足」「人手不足」と強調し移民を受け入れさせる空気感を作っているのも事実だ。

 

移民受け入れ正当化の理論に対する反駁を見ていこう。

 

経済成長に必要不可欠と言う主張。

人口が増えれば経済成長していくという理論。一見そうだと思わされるが、人口とGDPの増加率に相関的な関係はない。

f:id:gudaguda242:20200125004400j:image

 

 

また労働市場にとっても、雇用側にとっては安い労働力というのはメリットだが、それに伴い安い賃金でも働く人々に雇用が奪われるのも道理だ。

安易な労働者の増加は賃金安に向かう。

 

www.odamakidan.com

 

英国では建築戸数が追いつかないという問題点もあったが、日本では空き家まみれなのでその心配はないかもしれない。

学校も同様。

 

また翻訳の問題もある。英国では英語で授業するのに英語がわからない子供が増加しているのだ。この問題点も日本では起こるかもしれない。

 

財政的な問題に関しても私は財政赤字フクロウ派なので財政赤字には問題はない。

 

移民の経済的利益を享受できるのは移民だけなのだ。事前の費用負担なしに公的施設を利用できるのは移民である。出身国よりも高い賃金を得られるのも移民であり福祉サービスもそう。

そして彼らの稼ぐ金は地域経済に還流することなく国外に住む家族に送られるのだ。

大量移民が一人当たりGDPを改善するという証拠は何もない。

 

高齢化社会では受け入れるしかないという正当化

 

これは日本でも英国でも主流の移民政策正当化の理論だが。

第一に、人口増加、維持が最良であると仮定するのは間違いだ。人口が増えても生活の質が上がるわけではない。また、移民は地方に向かうのではなく大都市に行くものだ。

都市部の人口集中が問題であり人手不足や少子高齢化が起きている日本で移民を受け入れても大都市に向かえば意味がない。それを加速される行為はむしろ悪質だ。

 

それに人口を安定化させるために移民を受け入れるとしてもまず先にやるべきことは自国民が足元で十分な子供を設けていない理由があるのか考え解決することではないのか?日本では子供を欲しがっている世帯は多い。しかし、低賃金や生活の不安定さなどが原因で作りたくても作れない人が多い。流産だって20万人近いのだから、生まれてくるはずの命があったら出生率も悪くはないのだが。

 

で、高齢者を支えるのに移民が必要論だが。

我々(生産年齢人口)は金銭で高齢者を支えているわけではなく、生産物、サプライサイド、供給能力で支えている。つまりお金の問題ではない。

 

www.odamakidan.com

 

高齢化問題とはその高齢者が受けるサービスや商品などの供給能力不足が起きるのではないかという話であり、二人で五人の高齢者を支えているというのもこの供給能力の話である。金があっても供給すなわちモノがなければ意味がないよねという話。

それらを解決するのは生産性の向上、投資、イノベーションなど、移民受け入れも供給キャパシティの増加につながるが、まず、移民も高齢化するよねって話と、労働者増加は必ずしも生産性向上にはならないって話。

 

移民の高齢化は単純に移民を受け入れその移民が高齢化しまたそれを支えるために移民を受け入れ・・・との悪循環を引き起こすし、抜け出せなくなる。根をおろさせるからだ。

 

そして労働者増加の話だが、

これは歴史を紐解けば答えが出る。

産業革命を思い出せよ、イギリスはインドの織物に対抗するために少ない人手でも大量生産可能にし生産性を高めたのだ。

その時に当然ボトルネック失業者は出るし、ラッダイト運動が起こった。

人口増加している方がイノベーションの失業のダメージは大きいのだ。

 

受け入れた移民が余ってしまいました。どうする?国に返すか?

おそらく不可能だろう。人権等の指摘に抵抗できまい。

なので生活保護で暮らすことになる。これでは元も子もない。

 

econdays.net

 

 

 この記事ではここまで。

 

なぜイギリスがEU離脱に向かったのか理解するにはオススメな本だし、移民問題もよくわかるだろう。では。