なぜメンヘラはマイメロが好きなのか

 

マイメロディというサンリオのキャラクターを皆さん知っていますか?

 

赤ずきんとウサギを混ぜたようなデザインの奴。

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こいつです。一度は見かけたことがあるでしょう。

 

ところでこの顔🥺🥺🥺の絵文字に似てますね。ぶん殴りたい

個人的にはうまるちゃんよりもDVしたいキャラクターなのですが、そのことはどうでもいいでしょう。

 

シナモンやデブデブプリン、うるさいポップコーンのやつと肩を並べるほどのサンリオ屈指の人気キャラ。もはや四皇といっても過言ではないのですが、、、

港では悪い噂が流れています。 

 

それは マイメロ好き=メンヘラ

 

とんでもない偏見かと思いきや、実際メンヘラはマイメロアイコンにしてたり、意味もなくマイメロの画像を貼ってたり、ブロンでODしてるやつやリスカ、アムカしてるやつはマジでマイメロが多い。(当社の統計によるものです)

 

かといって公式アカウントにリプしてる奴はピンク好きの勘違い自意識過剰ババアが多い。(個人的感想です)

 

しかし、マイメロ好き=メンヘラというのが拡散されてもおかしくないほどマイメロ好きのメンヘラは多いのは事実です。

 

なぜ、マイメロ好きはメンヘラなのか考察していきたいと思います。

 

まずメンヘラについて

 

現実のフェミとツイッターのブスフェミが違うように、現実のメンヘラとツイッターのメンヘラは違います。

ファッションかどうかの違いです。

 

現実のメンヘラは「お前にはわからない」と連呼します。正直僕ももうわかりませんし、考えることをやめました。

 

ツイのメンヘラ、あれはファッションです。

メンヘラという衣を着て個性を出しているアピールにすぎません。

 

リスカは死んだふりをしているだけです。人間という生き物は死のうと思えば簡単に死ぬことができるのに、本当に死にたくないから腕を切るという行為で死んだふりをして周りの人間にアピールする。

 

なぜそんなアピールの仕方をするのか、それは自分へのこだわりが強すぎるからでしょう。

なぜ自分は〇〇なんだ、どうして〇〇してくれないの、みんな私のことが〇〇なんだ、など。。。

 

これは現実のブスメンヘラについても同様ですが、

 

自分のことだけを見ても自分は見えない。

 

他者の存在、他者の認識があってこそ自分という存在を認識できるようになるものであり、自分だけ見ても自分は見えません。

自分のことだけしか見えてないというのは「お前にはわからない」という言葉にあふれているでしょう。

 

そう考えると、メンヘラやヤンデレという生き物は相手に尽くすというイメージがあり、相手のことを想っているという認識の人が多いですが、実はその真逆であり、

彼らは自分たちのことしか見えていないのです。

彼を愛する自分を愛する自分しか見えていない。そんなので恋愛という他者との信頼づくりができるわけがありません。

そこから抜け出すには他者から見える自分を理解することですが、鏡に映る自分を拒絶するのと同じように拒絶するだけでしょう。

 

メンヘラ考察はもういいでしょう。

 

なぜメンヘラとマイメロが結びつくのかです。

 

まずマイメロ自体の誕生は1975年と古いです。

そこから1980年代までブームでした。

この時のメンヘラや10代20代女子はどういう文化や精神だったのかはわかりませんのでスルー。しかしこの時はずきんの色は赤です。メンヘラのピンクの前ですので、純粋に可愛らしさと赤ずきんというキャラやウサギのイメージで売れたのでしょう。

特にウサギなどは小学校の飼育小屋で飼われ始めたので親和性が高いです。

 

その後しばらく休眠し2000年代に復活します。この時にピンクが定着し始めました。

そして2005年にアニメ化されます。

メンヘラは20代に多いので、当時小学生と考えると年代が一致します。

 

みんな誰かのマネでやってる説。

みんなが使っているものを使う、みんなが行くところに行くなどのみんながしてるからの理由で行動する日本人。

みんなマイメロだからという理由でマイメロにしているという説です。

思えばファッションメンヘラは大してヘラってもないのにメンヘラの衣を着なければならない。だから誰かの真似になるのだ。

誰が最初にマイメロでメンヘラし始めたか知らんが、後からメンヘラになろうとしたやつはそれらを踏襲してメンヘラし始めるのである。

鶏が先か卵が先か。

マイメロが先だけど。

ゆるキャラの存在

そもそもゆるキャラの存在自体がこのストレス社会の産物なのかもしれません。

この辺の題材をモチーフにした『妄想代理人』というアニメがあるのでそれを観るのをオススメします。

ゆるキャラだけでなく猫などのペットや(例えば猫がゴロゴロしているだけで何万リツイートされたり)某家具屋のサメのぬいぐるみが人気になることと通ずるものがあります。

ストレスの大半が人間関係ですので、人間との関わり合いや、つながりから離れようとする衝動が人外の生き物人気に集まるのではないのでしょうか。

 

猫やサメのぬいぐるみ、ゆるキャラと居てもストレスになりませんし自分を肯定してくれる存在になってくれます。「癒されたい」願望の奥に潜む人間の弱い心。現実逃避しても問題は解決できない。

しかし、このことを自覚している反面もあり、ゆるキャラのアンチテーゼとなっています。

そのアンチテーゼとして「しかるねこ」というのが居ますが、こちらは否定してくる存在です。だからしかるねこは嫌われたりするのではないのでしょうか。

「ボーっといきてんじゃねえよ!」のチコちゃんもその類です。

 

 

 

なぜ閉鎖的でストレスを感じる社会なのか

今の社会では、個人主義による考えが蔓延し「自己責任」などの論が展開されています。自由だが孤独な誇りなき個人。

その個人でいることへの迷走が自分しか見ないことにつながっています。

 

しかし、本来の日本社会の持っていた共同体文化も壊れはじめている。

それは欧米文化の襲来だったり、内部構造の問題だったり、スパイラルに堕ちている。

 

例えば陽キャが暴れる動画に対して「群れなきゃ何もできないんだなw」という非難が多い。

これは「俺は一人で生きている、群れて生きる弱いお前らとは違う」という無理やりな自己肯定と「群れてた方が幸福かもしれない」という悔恨の念がある。

渋谷のハロウィンに対する非難も同じ感情だ。

これらの行為で自分を追い込ませているだけにすぎない。彼らを叩いたところで根本的解決には至らない。

 

共同体にいることへの疲れと個人でいることへの疲れの両方が来ている。

これがメンヘラを加速させているのだろう。

何かのコミュニティに居てもその関係性への疲れ、コミュニティに属さず旅人でいても、個人という孤独感からくる自己肯定の薄れ。

 

 

 

解決方法

バンドマンになれ

 

というのは嘘。

 

だが、周りの人間をリスナーだと思い込むのは解決の手だ。

 

YOUTUBERに人気が出るのも、その人間関係のつながりが理想的だからだと思う。

リスナー(登録者)という存在がいるので自己肯定が薄れることはなく、承認欲求も満たされる。

群れたければコラボすりゃいいし、事務所でのつながりもあるし、嫌になればぬければいい。

 

人生とは演劇なのではないのか?脚本も監督も出演も自分、部外者が乱入するときもあるが、どう演出しどういう役割で生きるのかも自分の脚本次第だろう。

シェイクスピアが描いたような悲劇のヒロイン気取りで生きるのでいいのか?

しかし、一歩違えばジョーカーのように喜劇だと思い込むだろう。

 

 

 

 

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